気づかなければよかった。
気づきたくなかった、こんな想い。












a little more.











「あっ・・・」
不意に開かれたノウェムの瞳。掴まれた腕。酷い傷を負ってるにも関わらず力強く食い込む細い指。
紀世子はビクリと躰を震わせ声をあげた。

「・・・!?」
「ごめん・・・。ひどく汗をかいてたから・・・」
ノウェムはゆっくりと視線を自分が掴んだ手首に移した。このまま握りしめたら折れてしまいそうな華奢な白い手には淡い水色のハンカチ。
先ほどではないが怯えたその表情に見下ろされ、ノウェムは今自分のいる状況を認識した。
「キミか・・・。すまない。」
掴まれた腕を解放されると紀世子は小さく苦笑し、ハンカチでそっとノウェムの額を抑えた。
「ありがとう。・・・僕はどれくらい・・・」
「2時間くらいかな。ずっと眠ってた。」
「そう・・・」
ノウェムは小さく息を吐いて再び目を瞑った。先ほどより落ち着いたのだろうか、荒かった呼吸も少し穏やかで。
だがまた眠りについたのではなく、きつく瞑った瞼からは苦痛と苦悩が伺えた。

 

 

彼がこの部屋に在って数刻が経つというのに今だ感じる違和感。
直接酷い目に遭わされたわけではないけれど、彼は敵で、今在るこの姿はヒトのものでも
その正体は美しくも恐ろしい怪物。
竜也と別れ豪勢なホテルを飛び出し自活を始めた紀世子のささやかな部屋で
何故この男と一緒にいるのだろう。
紀世子は目の前で横たわる男をただじっと見つめていた。

 

 

「ねえ、テレポーテーションって自分の行きたい所に行けるんでしょ?」
「ああ。」
紀世子の言葉にノウェムは再び目を開け、視線を移す。
「貴方はどうして此処に来たの? 此処に何かあるの?」

「僕は・・・この場所に用があったわけじゃない。」
「じゃあ、どうして。」
「テレポーテーションはね、行きたい場所に行けるだけじゃないんだ。
・・・会いたい人の元に飛べるんだよ。」

「・・・私に会いたかった?」
「・・・・・・」
紀世子の問いにノウェムは押し黙った。それは否定ではなく戸惑い。
だが紀世子は否定を込めた沈黙ととったのか、眉を潜め俯いた。声を落とし肯定の言葉を聞きたくもない質問を投げかける。

「こうして介抱されるって分かってたから私の所に来たの?」
「それは違う・・・」

 

しばしの沈黙。気まずい空気が2人の間を通り抜ける。。。

 

「分からない。でもあの時、奴等の攻撃にあって…とにかく今は逃げなきゃって。何処かに。
何処かに・・・そう思ってたら君の顔が浮かんだんだ。後の事は分からない。気づいたら此処に居た。」

「そうなの・・・。いい迷惑よね。」
「・・・・・・」
「せっかく空の色が戻ったと思ったら、またメチャメチャにして。
その報いで傷ついたクセにこんな所に来るなんて・・・身勝手よ。」
目を伏せたままま紀世子は呟く。

「・・・そう、だね。君の言うとおりだ。本当にもう出ていくから・・・」

ノウェムは小さく自嘲すると己の重い左半身を庇いながらゆっくりと躰を起こした。まだ体力も戻らず
思うように動かない左半身。
「くっ・・・」
「駄目よ、まだ起きちゃ! 傷、本当に酷いみたいだから・・・」
渾身の力で起きあがろうとするノウェムの躰を紀世子が制し、よろめく躰を支える。
横になっていた時は穏やかだった呼吸もたちまち激しくなり、苦痛の色が表情に表れた。
「ほら、まだ横になってないと駄目だったら」
紀世子の制止に抵抗しながらノウェムは首までかけられた布団を剥ぎ上体を起こす。
ノウェムはふと自分の胸元に目をやった。普段はピタリと締められている襟元は緩められ、その隙間から人間と同じ皮膚の上を覆うように醜く変色した堅い物質が垣間見えた。

「苦しそうだったから・・・少しだけ外させてもらったわ。別に見るつもりなんてなかったのよ。
でもこんなに酷かったなんて・・・」
痛々しい傷跡を哀れむように見つめながら紀世子はノウェムの変色しかかった左頬に手を伸ばした。

「触るな」
「っ・・・」
「触っちゃいけない、君は。これは僕らに施された悪魔の洗礼。忌まわしい呪い。
仲間も一人殺された。他の者も無事でいるのか分からない。。。」

顔を顰めて悲しげに俯く。その表情は、まさに人間のそれと同じもので。
以前見た彼らの本当の姿、あの異形なる怪物の姿からは想像し難く紀世子は少しの間ノウェムの横顔に見入っていた。髪がかかり悲しみの色を映しているであろう瞳は見えず、口元だけがきつく結ばれていた。

 

「ギルガメッシュにも仲間を思い、悲しむ感情があるのね。」
「あるよ。人間は僕らの事を化け物だと思ってるかもしれないけど、僕たちにも痛みや悲しみを感じる心はあるんだ。」
「ううん。私たち人間の方が化け物だわ。醜くて愚かで傲慢で。
顔が笑っていてもどんなに姿が綺麗でもそんなのウソっぱち。
そうよ、私だって他人の事なんて言えないわ。貴方を責める権利も・・・ないわ。」
手を添えて支えていたノウェムの胸元をそっと掴みながら、紀世子は項垂れた。


「・・・君は綺麗だよ。そして、優しい。」

「やめてよ。綺麗なんかじゃ、優しくなんかない。」
「君は優しいよ。こうして僕を介抱してくれて、傍にいてくれた。
迷惑だって言いながら、心配してくれた。」
「借りたままがイヤだったのよ!さっきも言ったでしょ。これで貸し借りは無しだって。」
「僕は何も貸したつもりはないよ。君を助けたのは僕がそうしたかったから。」
「“先生のご意志”でしょ?」

わざと憎まれ口を叩くように紀世子は反発する。こんな事を言いたいのではないのに。
何かを隠すように、何かを拒否するかのように、障壁を創ろうと無意識に発する否定的な言葉。
「“先生のご意志”でもある。けれど、僕の意志でもある。」
「貴方達は父さんにいいように操られてるだけだわ。父さんは自分の犯した罪を正当化して・・・世界を救うだなんてごたいそうな大義名分を作って、貴方達をいいように利用してるだけよ。」
「違う。僕は僕だ。僕の意志で先生のご意志に同意して戦っている。君に理解されなくてもね。」
「分からないわよ。分かりたくもない、父さんの事なんか。」

「・・・寂しかったんだよね。」
ノウェムは自由の利く右手を伸ばし紀世子の頭に触れた。父親が娘にするようにではなく、ほんの少し、髪に触れる程度にそっと。
「何言ってるの。寂しくなんかないって言ったでしょ。こうやって一人でも十分生きていける。
それに貴方に何が分かるって言うのよ。」
「僕らは君たち人間と同じように感情がある。けれど嘘はない。
どうして君は偽ろうとするの、自分を。本当は寂しいのに、誰かに救われたいと思っているのに。」
顔を近づけてノウェムは言う。まっすぐ見つめてくるアイスブルーの瞳は、創りモノのビー玉のように冷たいのにその奥から見え隠れする光は暖かで。
今まで何度かその瞳に見つめられた。その熱く強い眼差しは魔力を持っているかのように紀世子を惹きつけた。
今もまたその視線から逃れられず紀世子は瞬きをする事も忘れ、きつく見つめ返した。

 

「そんな事・・・・・・ないわ。」
「大丈夫。守ってあげるから、君の事は。
君を追いつめ悲しませるモノから解放してあげる。君が笑って過ごせる世界を創ってあげる。
だからこの戦いは必要なんだ。だから・・・行かないと、もう・・・っ」


「だったら・・・行かないで。」
「え・・・


再び力を振るい起こし起きあがろうとするノウェムの腕を紀世子はきつく掴む。
「父さんの事なんてどうだっていい・・・世界がどうなったってそんな事はどうでもいいの。
私はただ・・・誰かに傍に居て欲しいの。円輝道の娘としてじゃなく、私自身を必要として欲しかった。
ううん、誰かじゃない。貴方に・・・」
「・・・!」

「分かってる。こんな事を言っても・・・行ってしまうんでしょ。
竜也もそうだった。みんな、自分の信念の為に私を置いて行ってしまうんだわ。」
諦めの入った悲しい笑顔にノウェムは何も言わず、同じように刹那の笑みを浮かべ紀世子の肩に触れるだけだった。



「でも・・・今は、今だけはここに居て。せめて貴方の傷が癒えるまで・・・」
「キヨコ・・・」
「ねえ、触っていい?」

恐る恐る両手を伸ばし、ノウェムの頬に触れる。右からは体温、左からは無機質な冷たい感触。
首を伝い躰を覆う哀れな傷跡に紀世子は頬を寄せた。


「馬鹿よね、こんなに傷付いてまで・・・」

「僕は君を守りたいだけなんだ。」

 

 

重なった鼓動。それはもう引き返せない音色だった。



 





 


気づかなければよかった。
気づきたくなかった、こんな想い。
でも今夜だけは。。。

 

 





 

 

FIN

 

 






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ノウェキヨ萌え!!(//∇//)

いいですね、儚い恋って///

というわけで、とりあえずノウェキヨが書きたかっただけですι
ギルガメ創作少なさに自給自足で書いてみただけです(;^_^A 
<同志求む。WEB拍手でもBBSでも誰か名乗りを上げてください(笑)

6話ラストで「寂しそうだ。以前はそんな陰りはなかったのに」とノウェムが言ったセリフから
ノウェムって紀世子さんの事すごく気にかけてるのね!と萌えたのでそのへんを盛り込みつつ。
紀世子さんだけをお持ち帰りしたり、言葉責めでしつこく勧誘したり
(どっちかというと能力のある弟の方が重要ではι)、彼の世界は紀世子中心にあるように思えます(笑)
17話が楽しみです・・・///